平成 維摩居士伝

 

道徳と仏教

よくある話ですが、お坊さんに、道徳の話をしてもらうという企画があります。

 

梅原猛さんが、仏教と道徳 というテーマで、書籍や教育の面で活躍されています。

 

仏教や道徳というと、
・一般的なイメージ、意味合い
・学問的、普遍的意味合い
等があって、一概にかたることは、難しいかもしれませんね。

 

ここでは、一つの解釈として、ご紹介します。
道徳否定論みたいなので、アレルギーがあるかもしれませんね。

 

道徳的サンプルストーリーとして、1つ紹介しますが、
もちろん、この話が道徳のすべてを語っているわけではありません。

 

ある家庭でのよくある出来事です。

 

食事の時間に、よく子供が好き嫌いを言います。
親は、
「わがままいわない」
「好き嫌いは、よくないこと」
「作ってくれた人に申し訳ない」
「なんでも食べるのが、よい子」

 

ごく当たり前にいいます。

 

この考え方の発祥は、フランス革命にあると言われます。
申し訳ありませんが、原典にあたったわけではありません。

 

フランス革命のあと、貴族は倒れましたが、
以前、彼らの役割であった戦争を、一般市民が
自分でやらなくてはならなくなりました。

 

自衛団、軍隊と発展していきました。

 

戦争は、お金がかかるものですから、なるべく節約したいのは、やまやまですね。

 

少ない食糧を、好き嫌いなくすべて食べて戦う兵士が、よい兵隊なわけです。

 

まさに、「なんでも食べるのが、よい子」なわけです。

 

好き嫌いがあったり、給食を残したりすると、いじめの対象にされたり、困ったものです。

 

 

 

さて、仏教的な解釈はというと

 

好き嫌いがあっても、かまいません。

 

好き嫌いがある他人の気持ちに共感できる、という利点があるわけです。
自分に好き嫌いがあったら、他に好き嫌いがある人をいじめるのではなく、深く共感してあげましょう。
というものです。

 

また、好き嫌いがある自分が、弱い存在の人間あることを知り、他人の弱さをつつくのではなく、共感できる、人間性を持ちましょう。

 

というものです。

 

まさに、人生は、苦であり、思い通りにならないことを、
明らかにして、知るべし。
思い通りにしようとするから、そこにほんとの苦しみが生まれてしまうのだ。

 

ということに、つながっていくわけですね。

 

 

なので、お坊さんに、道徳を語らせるのは、
ナンセンス。

 

という一説でした。

 

 

 


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